第55章

そんな苦境に陥っても、彼が心配していたのは、あの口のきけない子だった。

そんな言葉を聞いて、山田澪がどうして彼を愛さずにいられただろうか?

その瞬間、山田澪の愛は、すべて躊躇なくこの男に注がれた。その瞬間、彼は命よりも大切な存在となった。

そして彼女は分かっていた。彼の示す保護はすべて、ただの口の利けない女への憐れみに過ぎず、彼女の愛が実ることはないと。

実際そうだった。その後、彼は夏目彩と付き合った。

彼は彼女への特別な優しさをすべて、別の女性に与えた。彼は別の人を守るようになった。

彼女はいつも選ばれない人になった。

二人が付き合い始めてから、山田澪は恋人と、唯一の友人を同...

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